第二十七番札所 引地山 日向寺 (佐野市)
例幣使街道・浅沼町の交差点と東武佐野線の線路のちょうど中間くらいに、「引地山観世音入口」の看板がある。
護良親王ゆかりの観音像を祀ったのが始まりとされる。その寺が南北朝の南朝方であったため北朝の足利氏からにらまれ、本尊は沼に投げ捨てられてしまう。その後、漁夫の網にかかり沼のほとりに安置されるが、阿曽沼城(現・浅沼町周辺)の城主の夢枕に立ち、現在の地に移されたという。
現在の観音堂などの建物は文政七年(1824年)、関根弥惣清則が25年の歳月と私財を投じて再建したもの。安産・子育てにご利益があるという観音像は、33年に一度御開帳される。近年は平成20年(2008年)に行われた。
現在、無住の寺となっているが、地元の人々の手で管理し守られている。
御朱印は、階段下のうのきミシン工業様、または、東武佐野線の線路をくぐり道なりに行き、床屋の手前の関根孫兵衛様へ。
東武佐野線下の赤レンガのトンネル。通路が狭いので車での通行は難しい
所在地とアクセス |
[住所] 栃木県佐野市富岡町
日向寺観音堂
交通 |
JR両毛線、東武佐野線「佐野」駅から徒歩約15分。 |
(AD)
あなたもジンドゥーで無料ホームページを。 無料新規登録は https://jp.jimdo.com から